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「分人」という考え方と『決壊』という小説
平野啓一郎の小説『決壊』を読もうと思ったきっかけは、同氏の『私とは何か 「個人」から「分人」へ 』(講談社現代新書)が面白かったから。
個人を英語で表すとindividual=分けることができないが、分人はdividual=分けることができる、という考え。人間はたったひとつの「本当の自分」からなっているのではなく、接する相手によって変化する「分人」をいくつも有している、という概念だ。
「分人主義」を当てはめるなら、「あのときのわたしは自分じゃないみたいだった」と悩む必要はない。どれもが自分で、どれもが本当なのだから。「人間の個性はその人の中にある分人の構成要素で決まる」。だからより幸せな自分になるためには、「好きな分人」の構成比率を大きくするといい、と平野氏は説く。
なるほど、と思った。救われる人も多いだろう。自分の「分人」を上手く使い分けることができれば、人と接することが楽になるし、自分を肯定しやすくなるから。

決壊

前置きが長くなってしまったが、平野氏が「本当の自分」という考えを捨てるにいたった小説が『決壊』(新潮社)だという。「分人主義」が生まれるきっかけになったその小説を読んでみたいと思い、図書館で借りてきた。
背幅3センチほどの上下巻を手にしたとき、こんなに長い小説、読破できるだろうか、と一抹の不安が過ぎったけれど、ストーリー展開に引き込まれて一気に読み終えた。

ある殺人事件が軸になっている。穏やかで幸せな暮らしが殺人事件によって一変。事件をきっかけに、被害者と加害者、その家族の精神や関係性が歪み、「不幸」のスパイラルに巻き込まれるその過程で、それぞれの「分人」が顔を出す。
殺害された被害者の兄(東大卒のエリートで)は、家族や友人、恋人、刑事(容疑者として拘留された)とのやり取りのなかで、相手から「本当の自分」を突きつけられるが、状況に合わせて上手く「分人」を使い分けていた。が、ついに「分人」をコントロールできなくなり(多分)、「決壊」してしまう。なんともやりきれないストーリー。

犯行場面では、人間の「心の奥に眠っている悪魔」がえぐり出される。「悪魔」を引き出すのは「遺伝と環境」であり、社会もしくは人間からの「離脱」が凶悪犯罪の連鎖を生むという設定は、社会に蔓延する「勝・敗」「優・劣」「強・弱」といった分断思想に照らすと、現実味のある恐怖となって、認めたくないけど理解できる。

分厚い本を閉じたあと、どこに足を置いていいのかわからない不安定さが続き、そういう意味で心を揺さぶられた小説だった。


【2017/03/21 】 読んでみたもの | comments(0) | page top↑
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