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S君の作文
S君から、Y市の用務員採用試験に提出する作文を見てほしいと連絡があった。
テーマは「失敗した経験と、それをどのように乗り越えたか」、文字数は600字。Sからの初メールに、「喜んで」と返信した。

1週間後、Sは苦労の跡がうかがえる下書きを持ってわたしの前に現れた。5年ぶりくらいに会う彼は、背も伸びて、黒縁のメガネをかけ、うっすら髭を生やしていた。はにかんだ笑顔は変わらないけど、もう21歳だものね。




Sは息子2の同級生で、小・中学校が一緒、2人はとても仲良しだった。
Sは中2の頃からあまり学校に行かなくなり、息子とも距離を置くようになった。中学の卒業式に彼の姿はなかった。
ごくごくたまに2人は会っていたようだけど、息子2は山口に行ってしまったし、頻繁に連絡を取り合っている様子でもない。

Sが作文に書いた「失敗談」は、アルバイトをしている絵画教室での子どもたちへの対応についてだった。一般的な常識で子どもの興味を削いでしまったことへの反省と教訓。

最初に見せられた作文は、まったくまとまっていなかった。
話を聞き、彼の言いたいことと文章の流れを整理して、再考を促した。
3日後、「できました!」とSからメール。書き直した作文を持って、夜8時にSがやってきた。全体的にとてもよくなっていた。細かいところをSとわたしと息子1で推敲。一語一句じっくり考えるSは、わが家で3時間、夕食も取らずウンウンうなりながら作文を完成させた。



Sは不登校になったことを「失敗」とはとらえていなかった。
わたしも自分なら何を書くだろうかと「失敗経験」を振り返ってみたが、S同様「あまり思いつかない」。
「失敗」という意識は、はっきりと結果が出る短期的な事柄にかんして生じるものなのだろう。
たとえば電車に乗り遅れてA社の採用試験に間に合わなかったのは失敗だけど、試験を受けられなかったことでA社に入社ことができなかったことは、必ずしも失敗につながらない。A社に入らくてよかった、ということも起こり得るから。
簡単に失敗と結論づけられるものは、人生においては「取るに足らないこと」、「学習したら忘れてしまうもの」。



一次選考の合否は12月に出るそうだ。
「やれることはやった」と言い切ったS君。ダメでもそれは失敗ではなく、縁がなかっただけのこと。
まっすぐ未来を見つめ、模索しながらも自分の速度で生きていこうとしているS君にエールを送りたい。
彼の存在が、わたしの新たな励みになっている。
【2015/11/22 】 呼吸するもの | comments(0) | page top↑
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