6月の始め、わたしの実家でひとり暮らしをしている息子2と、1年ぶりに再会した。
ひとりよがりで上から目線。社会で働いたこともないくせに、いっぱしの思想家気取り。ごくたまに彼と電話で話すといつも衝突し、わたしは頭も胸も痛くなる。最近は、極力電話もしないようにしていた。
だから、法事で帰省を余儀なくされての再会は、かなりどきどきだった。
草ぼうぼうのすさんだ家で、暗い顔をした息子がぐうたら暮らししているのではないか・・・と。
意外にも、息子はすっきりした顔をして、麦わら帽子の似合う男になっていた。法事で親戚が集まることを意識したのだろう。床の拭き掃除をして、布団や座布団も干したと言っていた。
洗濯は灰で手洗い。ご飯は七輪に羽釜で炊き、食事は食べたいときに食べたいものを食べるというスタイル。相変わらず、現金収入を得るために動く予定も、どこかで学ぶ気もなし。
それでも安心したのは、彼の畑を見たからだった。
近所のおばさんがほめていた。「いろいろ考えて実験していて、面白い」と。
彼は、人生も畑も仕事も模索中なのだとわかった。
面倒で生きづらい選択をしているな、と思う。
もっとシンプルに、楽に考えればいいのに、と思う。
若さと経験のなさとプライドが、それをじゃましている、と思う。
親なのでいろいろ心配だし、口も出したくなる。
先日、ものすごく久しぶりにお会いした幼稚園の先生に、
「Tくんはお母さんの価値観から逃れたいのよ」
と言われて、ドキリとした。
わたしは子育てに熱心な母親ではなかった。
幼いころから自分のことは自分でやらせていたし、送迎は保育園のときだけ。宿題を見てあげたことも勉強を強いたこともない。唯一テレビゲームは、わたしの方針で禁止していたが、何かを強要したり、子どものために道を整備してあげるようなことはしてこなかった。
過保護ではなかったけど、過干渉なところはあったと思う。わたしの興味からいろいろ口出したり、顔を突っ込んだりすることが多かった。
人と同じじゃつまらない、何でもやってみないとわからない、旅をして違う世界を見たほうがいい、学歴がすべてじゃない…などよく言っていた。それらはわたし自身の体験から出た言葉で、子どもへのアドバイスのつもりだった。
「それこそが価値観の押しつけ」、とK先生は指摘する。
それは、わたしの子育てを全否定されたような強烈なパンチだった。
わたしの子育て期をデリートしたいような気分になった。
二十歳を過ぎた息子たちと、これからどう向き合っていけばいいのか、また大きな課題を突きつけられた。
親として取り返しのつかないことをしたのだろうか・・・
でも、彼らももう「成人」なのだから、自分で人生を切り拓いてほしい。
そしてわたしは子育ての幕を下ろそう。