やまいち 2016
今日は地元で開かれた「やまいち」へ。3回目の出店です。
アート&クラフト系の店、ナチュラル系のフードショップ、それに幅広いジャンルの音楽ライブあり。年に一度、木の芽どきに開催される山のお祭り。



幼い子どもから高齢の方まで、年齢を問わずに楽しめるのがこのマーケットの魅力です。自然の中でみんなゆったりブースをめぐっていました。自然のなかにいると、歩調にゆとりが出てくるのですね。



わたしは消しゴムはんこをベースにしたペーパーグッズと、布小もの(ブローチなど)を持っていきました。
新作はアザラシのレターセット。売れたのは2セットだけでしたが、スマホ時代にレターセットを買う人がいるのか不安だったので、お金を払って買ってくれた人がいたということだけで嬉しかった。
うち一人は、携帯を持たず山で暮らす友人に手紙を出そうと思って、とおっしゃいました。わたしが作ったアザラシのレターセットが、山に住む見知らぬ人に届く日を想像するとワクワクします。



好評だったのが、「大入猫のお守り」。消しゴムはんこ+手描きの生地に、友人が刺繍をして手縫いで仕上げてくれました。
「大入の御守」なので、中に銭洗い弁天でお浄めした五円玉を入れました。「五円玉」のことを話すと、みなさんの反応が一気によくなり、面白がって買ってくださいました。



物販をしていると、人の好みってほんとにさまざまだなぁと思います。
最初のころは、なるべく多くの人に買ってもらえる商品を作りたいと思っていましたが、3年目になり、わたしの作品を気に入ってくれる人に買ってもらえばいいや、って思うようになりました。
そのほうが、商品づくりにも真剣に取り組めるし、商品への愛着もわきます。

対面販売のよさは、商品への愛着を作り手がダイレクトにお客さんに伝えられること。商品にまつわる物語もアピールできること。
ネット通販の利用が高まる一方で、対面販売式マーケットの人気が高まる。デジタル化が進む一方で、アナログ的なものが再び脚光を浴び始める。
世の中を見渡してみると、人間の思考や行動って両極に向かうものなんだということがわかって、面白い。

【2016/04/23 】 制作するもの | comments(0) | page top↑
日常の些事から生き方のクセを見つける
昨日急に思い立ち、今日は雨が降る前に、紙雑貨を置かせていただいているカフェに、一部商品を引き上げに行くことにしていた。

朝、一緒に台湾に行こうと話している友人から、台湾の件はどうなった?とメールが入った。彼女には、連休明けに台湾ミーティングしようと返信。
そのあと、台北の知人Rにワークショップと展示を断念した旨のメールをして、別の台北の知人Lに、わたしが考えているワークショップの企画とレンタル料の交渉のメールを出した。
2人に宛てた返信は、ここ2~3週間、頭のかたすみでくすぶっていた案件だけど、何もいま、出かける間際に急いで出さなければいけないものではなかった。今日である必要もゼンゼンなかった。しかも英文。きちんと見直しもせず、出してよかったのか・・・。

そうこうしながら、バタバタ準備をして、目的のカフェへ。
着いてすぐ、商品回収の際に必要な「回収書」を忘れたことが発覚! 
昨夜のうちに準備して、捺印もしていたのに。

いまやらなくてもいいことを優先して、いま必要な、いちばん大事なことが抜けている。あっ、わたしの人生そのもの。。。

その後、サロン開設に向けて自宅を改装中の友人宅を見に行った。
風水のわかるインテリアコーディネーターさんの協力を得ながら、家具の配置を変えたり、インテリアを新調したそうだ。6年前に訪ねたときより、スペースが広がって素敵になっていた。壁面は漆喰に塗り替え中。息子くんが塗った漆喰壁は見事だった。彼女が塗った漆喰壁を見ながらわたしが言ったひとことに彼女が反応。
「ネガティブなことに目がいくんだね~」

あっ、わたしの生き方(思考)のクセ。。。
長所を見つけるより、粗探しのほうが得意かもしれない。
子どもに対しても、そうやって接してきたような気がする。

今日は、ふたつの大きな気づきがあった。
天からびゅーんと飛んできたような気づきだった。
【2016/04/21 】 生活するもの | comments(0) | page top↑
サクラの季節
PC内を整理していたら、息子1が高校に入学したときにわたしが書いた作文「子どもへの想い」を発見。学校から保護者に課された宿題で、提出した作文は、高校卒業時に子どもに渡されたと聞いたような・・・。
8年前? 子育てがうまくいっていると思っていた頃の記録。



 入学おめでとう! 中学3年間で、心・知・身ともに大きく成長しましたね。偏屈な母の偏った育児方針にも屈せず、地に根を張りまっすぐに育ってくれたことを誇りに思います。

 わが家には、母独断の「ならぬものはならぬ」決めごとがありました。「TVゲームは買わない」、「夕食時にTVを見ない」。放任子育てながら、どちらも私なりの考えがあって禁じたことです。が、前者に関しては、TVゲームがないために君が友達から孤立してしまったときなど、実は信念がぐらついたことも…。だから、卒業式にもらった手紙の「小学生の頃、絶対にテレビゲームを買ってくれなかったことには、実はとても感謝しています」という言葉は、まったく予想していなかったことで、嬉しかったです。
 ゲームのない生活で、君は一人で楽しむ術や多勢に流されない意志力を身につけました。その過程で「マジック」に出会えたことも、とてもラッキーだったと思います。

 後者については、夕食時はもっとも親密に親子・兄弟の意見交換ができる場だと捉えているからです。中学3年になって塾を選ぶときも、優先したのは夕食を今まで通りにとることができるか、ということ。君も私と同意見だと知ったときは、頼もしさを感じました。
 以前、夕食を食べながら「どんな木になりたいか」という話になりました。私は、一本立ちのケヤキ。風が吹くと枝葉はしなやかに揺れ、けれど太い幹はびくともしない、そんな人になりたいと、思いを語りました。小学生の君は「小鳥や人が休めるような大きく枝を伸ばした木」、そして中学生の君は「人を楽しませる桜の木」と言いました。

 高校での3年間、理想の木の根をしっかりと張り、柔軟な思考と行動力で失敗を恐れずいろいろなことにチャレンジしてほしいと思います。私は時々背中を押したり、進むべき道を見失ったら小さな光を灯したり、後方から静かに見守りたいと思っています。
【2016/04/10 】 生活するもの | comments(0) | page top↑
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