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10年くらい使っている洗濯機が、これまでに見たこともないエラー番号を表示して動かなくなった。どうやらセンサーの故障らしい。
ドアも壊れているし、時々激しくがなりながら全身を揺することがあるので、買い替えることにした。 最近の洗濯機は、センサー機能がさらに「進化」していた。 わたしが買った機種の上位クラスは「エコナビ」を搭載。「汚れセンサー」が洗剤液のにごりを光の透過度で検知し、衣類の汚れの程度を判断して水量と運転時間を決定、洗いやすすぎのむだを省いてくれる、そうだ。さらに「布量センサー」が、給水前やすすぎ行程中に衣類の重さを量り、水に濡れる前後の重量差から布質(水分の抜けやすさ)を判定し、適切な脱水時間や乾燥時間を決定してくれる、そうだ。 はたしてここまでの機能を求めている人がいるのだろうか・・・と思う。 洗濯量や布質などは、洗濯をする本人が一番分かることだし、いろんな汚れがついた衣類や異なる素材が混ざっているのに、それを洗濯機のセンサーがきちんと見分けることができるとは思えない。使用する洗剤だって人それぞれだ。百歩譲ってセンサーがカンペキに検知し判定できたとしても、わたしはそこに便利さやありがたさを感じない。。 さらに驚いたことには、わたしが買った洗濯機の最上位機種は、「温水泡洗浄」で黄ばみが驚くほど白くなる、というのが最大のウリのようなのだけど、なんと、その運転時間は約420分! 7時間かけて洗濯をする人がいったい何人いるのだろうか。 だいたいセンサー機能が多すぎるから、故障も増えるのだ。 しかもこのセンサーは曲者で、センサーが繊細なほど、こまめな手入れが必要になる。新しく買った洗濯機の取説を読んでいたら、乾燥機を使った後は乾燥フィルターのゴミを取り除き、週に1回は排水フィルターの掃除を、と書かれていた。 便利=手間が省ける、ということではないようだ。 家電の進化で、ひとが本来備えているセンサー機能は衰え、判断力も低下してしまうんじゃなかろうか、という思いを抱きながら乗った昨日の通勤電車でのこと。 車内が結構混んでいたうえに湿度が高く、かなりムシムシしていた。にもかかわらず、誰も窓を開けようとせず、ほとんどの人がコートを羽織ったまま、スマホをいじるか眠っているか。ざっと見たところ、上着を脱いでいる人は2割足らず。がまんしているのか、不快さを感じないのか、聞いてみたい気持ちになりながら、これもセンサー依存症の影響ではないかと感じたり。 そのうち電車のセンサーが社内の温湿度を感知したのか、社内に送風が流れ始め、蒸し暑さは緩和されましたが。 スポンサーサイト
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腰痛を発症して、もうすぐ3週間になる。
テルミーをかけてもらったり、指圧や音叉ヒーリングを受けたり、鍼治療も試した。どれも少しよくなりはするけれど、ぱっとしなかった。 それでも歩行困難だったことを思えば、だいぶよくはなっている。先週は週3日仕事に出かけ、何とかやり終えた。でも、家に着くまで緊張状態が続き、このまま「前屈みの人」になるんんじゃないかと、不安がよぎったりも…。 それが昨日あたりから、快復に向かい始めた!と感じるようになった。 バイト先のYちゃんが貸してくれた『腰痛は自分で治せる』という本を読み、「体反らし体操(マッケンジー体操)」をやってからだ。 うつぶせになるのがやっと、という状態で、体を反らすことは難題だった。でも「無理してでもやってみて。絶対よくなるから」と言っていたYちゃんの言葉を励みに、勇気を振り絞る。 最初は、腕を曲げた状態で上半身を少し持ち上げるのだけで精いっぱい。それが2日目にして、腕を伸ばして反らすことができるようになった。それと同時に、腰も伸びてきた。まだカンペキじゃないけど、とりあえず「前屈みの人」の不安は払拭され、よくなりそうという希望が湧いてきた。 発症から3週間、そろそろよくなる時期だったのかもしれない。 でも何より「自分で治している」と思えることがうれしい。 心をおおっていたどんよりしていた雲が消えていくような感覚。 自己治癒力を侮ってはいけないのだ。 ●Yちゃんおすすめの本 |
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