ハタチのバースデイカード
birthdaycard01
もうすぐ息子2の誕生日。ハタチになる。
節目となる誕生日をひとり山口で迎える彼のために、突貫工事でバースデイカードを作った。B4版。窓を開けると、メッセージが現れる。息子1と夫を巻き込み、20の名句(と思われるもの)を書き込んだ。
そもそも急な思いつきだったが、メッセージを選び出す作業は、思いのほか難航した。ありふれたものではつまらないし、説教臭いのも嫌がられそうだし。そして何とか19コ・・・。

Happy 20th Birthday!

何か創造的な事柄にあたるときはもちろん、いつもの仕事をする場合でも、軽やかな心を持っているとうまくいく。それはのびのびと飛翔する心・・・
『超訳ニーチェ』

やってやろうじゃないの!そうささやくのよ、わたしのゴーストが 
『攻殻機動隊』 by 士郎正宗

成功は幸せの鍵ではありません。幸せが成功への鍵なのです 
by アルベルト・シュワイツァー

Let it Go 『アナ雪』

余が欲する詩はそんな世間的の人情を鼓舞するようなものではない。俗念を放棄して、しばらくでも塵界を離れた心持ちになれる詩である 
『草枕』 by 夏目漱石

「うーん、でも、どちらへ進んだら良いのかさえわからないし」
「そんなことない。わかっているはず。貴女が見ている方、そっちが前だよ。誰でも進みたい方向を見ているんだから」
『目薬αで殺菌します』 by 森博嗣

今の時代に「創る」ということは、「選ぶ」ということと同義だ 
by  押井守

世界に変化を望むなら、自分がその変化になれ
by マハトマ・ガンジー

手間さえ惜しまなければ、大抵のことはわかるものなのだ
『羊をめぐる冒険』 by 村上春樹

初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志しにすぎなかった
駄目なことの一切を 時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性くらい自分で守れ
ばかものよ
『自分の感受性くらい』 by 茨木のり子

何よりもセンスが重要だ、技術はあとからついてくる
『風立ちぬ』 by 宮崎駿

感情が願望と食い違うときは、感情の方が正しいものです
by ネビィル・ゴダード

わたしは単調に生きる努力をしてみよう
I will take my life monotonous
by ジュール・ラフォルグ

手考足思 by 河井寛次郎

ひよっとしたら私は書けるのではあるまいか、そう思ったとたんに書けるようになった。書けないのは、書けないと思ったから書けないのだ。
書けると信念すれば書けるのだ
by 宇野千代

Take it easy!

Smile

Step by step

【2014/07/20 】 制作するもの | comments(0) | page top↑
ゆったりとした時間
世の映画監督が称賛し、息子1の大学の先生が4回も観たという映画。前から観たいと思いながら、先延ばしにしていた小津安二郎の『東京物語』を、自宅休養中の息子1と観た。

尾道に住む年老いた両親が東京で暮らす子どもたちを訪ねる。これといって大きな事件が起こるわけでもない。ありふれた日常を切り取りながら、物語はスローテンポで進んでいく。

わたしが生まれる前のモノクロ映像を観ながら、親が子どもに対する思い、子が親に対する思いは、昔も今も変わらないんだなあと思わされる。
親は子どもに期待をかけ、多かれ少なかれその期待は裏切られる。
子どもも大人になれば、親より自分の生活や家族のほうが大事になる。

楽しみにしていた上京ですっかり疲れた老夫婦は思う。
「子どもも大きくなると変わるもんじゃ・・・なかなか親の想うようにはいかんもんじゃ」。それでも、「欲を言えば切りがない。自分たちはいいほうだ、幸せなほうだ」と微笑みあう。
「幸せだ」とは言わず、「まあ幸せなほう・・・」と自分たちの人生を肯定し、納得する。年夫婦がしみじみ語り合うシーンが印象的だった。

東京物語小津安二郎監督は、親と子の心情を細やかに描き出した。観るものは、それぞれの立場で共感する(子どもの立場で観た平成生まれの息子も、面白かったと言っていた)。
笠智衆、原節子、杉村春子、山村聰といった、昭和を代表するスターの若かりし頃の演技も見どころだ。
そして何よりこの映画の魅力は、全体に流れるゆったりとした時間だろう。わたしも実家に帰るといつも感じていた、ゆったりとした時間の流れ。静かに、淡々と過ぎてゆく日常のひとこまひとこまに、心が吸い込まれていく。
【2014/07/13 】 鑑賞するもの | comments(0) | page top↑
ただいま浄化中
浄化されるカルマ傷んだ皮膚はどのように再生していくのだろうか。

ひとり暮らしの息子1のアトピーが悪化して、汁が「岩」のようなかさぶたになった。そのかさぶたが取れてまた汁が出て、今度は「歌舞伎揚げ」のようなかさぶたになり、身内が見てもびっくりするほど酷い状態に。
それでも彼は医者には行かず、薬はもちろん保湿剤などもいっさい塗らないことを選択した。就活は中断せざるを得なくなり、3週間前に戻ってきた。

両手に貼り付いたかさぶたを最初に見たときは、ギャッと叫んでしまったが、最近はわたしも慣れてきて、毎日2人でかさぶたを観察している。

かさぶたができるのは、新しくできる皮膚を守るためのような気がする、ということでわたしたちの意見は一致した。
息子は、ひとり暮らしを始めてからのいい加減な食事や、不規則な生活を反省してか、時間をかけて悪くなったのだから、治るにもある程度の時間が必要と、現状を受け入れている様子。ひどく落ち込むこともなく、自暴自棄になることも、自分を卑下することもなく、静かに醜い手を眺め、剥がれ落ちたかさぶたをペットボトルに集めたりして、悠然と過ごしている。一連の思考行為は、なんだか達観しているようにも見え、親としては救われる。

ついには、手をじっと見ながらかさぶたを描き始めた。
タイトルは『浄化されるカルマ』
【2014/07/12 】 呼吸するもの | comments(0) | page top↑
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