衣替えのときはいつも
冬物のセーターやカットソーの山を見ながら、
この服を全部処分したらさぞ気持ちがいいだろうな・・・・と思う。

それで1枚1枚手に取り、「処分」を検討し始める。
これは20年前のセーター。しばらく着ていなかったけど、去年からまた着始めたから今年も着るかも・・・
これは高校の時に買ったカーディガンだけど、当時1万円もしたし、不思議と古臭さもくたびれた感じもないし、まだ着られる・・・
この真っ白いタートルセーターは、汚れるのが怖くて去年は着なかったけど、だからといって捨てるのはもったいない・・・
980円で買ったカットソー。ちょっと色あせしてるし、これは捨ててもいいか。でも寝間着に使えるかも・・・

・・・てな感じで、一向に処分が進まず、
シーズンが終わったらまた検討しようと、とりあえず衣裳ケースに突っ込む。

ああ、衣替えのときはいつもこの繰り返し。
この冬は洋服を買うのを止めよう!
これも衣替えのときはいつも、自分に言いきかせていること。

exercise
ラジオ体操(消しゴムはんこ@grulian)
【2013/10/21 】 生活するもの | comments(0) | page top↑
「芸術の秋」ですねぇ・・・!
ゆうゆうFez「スタカニ」で買ったポチ袋と、「ゆうゆうまつり」で買ったオイルステンの額、体験コーナーで作ったカレンダー     


秋晴れの連休。
土曜日は、消しゴムはんこの体験型イベント「スタンプカーニバル」@浅草へ。
企業・ショップのブース、クリエーターの方々の個人ブースをぐるぐるぐるぐる見て回り、気合いの入った手仕事にあてられてくらくらになったあと、スタンプの試し捺しができるコーナーに行ってみる。
休憩も兼ねて…と思っていたのだけど、全色を制覇してオリジナルの色見本を作っている人や、特殊紙や皮をたくさん持参して捺しまくっている「ツワモノ」を目の当たりにして、・・・なるほどこのコーナーはこういう使い方をするのか・・・と、あわてて色見本作りに挑戦してみる。が、気力が続かず、MEMENTOシリーズとSTAZ ONシリーズの数色でギブアップ。

へろへろになって会場を後にしたあと、ABGギャラリー@恵比寿で開催中の、イラストレーター・千海博美さんの個展へ。
昨年の個展よりもさらにパワーアップして洗練された彼女の版画作品(刷らずに版木の着彩)にエネルギーを吸い取られて、またくらくら・・・。
この日はすごく疲れていたのに、なぜか興奮して寝つけなかった。

翌日曜日は、自転車で「ゆうゆう版画美術館まつり」へ。
毎年この時期に開催される、チャリティ・アート・バザール。
美術館前の広場に、陶芸作品、手描きのポストカード、イラスト、苔玉、織り小もの、手作りの洋服やバッグ、木工品などを展示販売するテントが並んでいる。こぢんまりしたバザールだけど、いくつか体験コーナーもある。ガリ版印刷の技法を応用したカレンダーづくりにチャレンジしたら、思いのほか時間がかかってしまったが、なかなか面白い手法だった。

消しゴムはんこ出店条件を尋ねたり、木工やのおじさんにカードスタンドをオーダーしようかと考えたりしていたら、だんだんハイテンションに。
帰宅後、久しぶりに夜なべして、消しゴムはんこを彫る。

「芸術の秋」ですからね・・・!

【2013/10/14 】 制作するもの | comments(0) | page top↑
息子の収穫
受験を放棄して家にこもりがちの息子2が、わたしの友人に誘われて「おじさん」の畑に行った。将来、自給自足を目指してる友人は、インターネットで見つけた「おじさん」に援農ボランティアを申し出て、月に一度、電車とバスを乗り継いで「草の畑」の草取りに行っている。

彼女から息子2に畑のお誘いが来るようになったのは今年に入ってからだけど、いつも畑に行く前日か前々日にメールでお誘いがある。それは用件だけのとても簡潔な文面だ。同い年の子どもをもつ母親の同情のようなものも、強引さも、押しつけがましさも感じられない。そっけないけど、やさしい。

土の中に生息しているマイコバクテリウムという細菌が、「幸せホルモン」とも呼ばれる脳内のセロトニンの分泌を促して、心や思考に影響を与えるという情報を教えてくれたのも彼女だった。

半日草取りをして腰が痛くなった、と少し自慢げに言った彼の断片的な話は、とても興味深いものだった。
理系畑のおじさんが不耕起農法を始めたのは、奥さんがひどい化学物質過敏症だったことと関係している。
「おじさん」はスーパーの野菜を買わない。化学物質が残留しているから。
「おじさん」の畑や田んぼでは、化学肥料も農薬も有機肥料さえも使わない。
草ボーボーの「おじさんの畑」では、草取りはするけど、根は残して切った草をその根の上にかぶせておく。
野菜たちは草の中に隠れていて、それらはとても弱々しい。
田んぼも草ボーボーで、隣の田んぼは稲穂が垂れ下がっているのに「おじさん」の稲穂は不安になるほど小さい。
農業を始めて6年、まだ土作りが続いている。

自然界に存在するものにはすべて意味と役割があるので、雑草も排除するのではなく、循環させてその役目が終わるまで使い切る、という考え方にはなるほどと思わされる。雑草も有効活用しながら、土が本来の力を取り戻すのを信じて待つ、何年も。すごい!と思う。でも、6年経っても農作物が貧弱なことが気がかりだ。その間の生活費も…(よそ者の余計な心配ですけど)。
ふと『奇跡のりんご』の話を思い出した。

息子の目からみれば、「おじさん」はかなりの変わり者らしい。
「おじさん」の農法は、何か宗教のようでもある。刈った草を根の上にかぶせていく作業は、「祈り」にも似ている、そうだ。

「おじさん」は、「自分が教科書にしている」という本を息子に貸してくれた。
それは、足立育朗の『波動の法則』だった。農業の本じゃなかったことに彼は驚いたようだが、わたしは「おじさん」のことが少しわかった気がした。
うちにもあるよ。本棚から取り出して見せたら、「うちとおじさんの考え方はちょっと似ているところがあるかもしれない・・・」と、若者はスーパーのドーナツを食べながらぼそりと言った。

harvest
草刈りの代償(?)に息子2がもらってきたニラとミョウガ
【2013/10/07 】 呼吸するもの | comments(0) | page top↑
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