ワープロの記録04 【旅の土産もの フィジー編1989】
たまたま訪ねたスバのホテルのギャラリーで、ワレシの絵に出会った。

樹の皮から作った「マシ」という素材に、まん丸い目をしたフィジアンが描かれていた。メケ・ダンスを踊るフィジアン、カヌーを漕ぐフィジアン、赤ん坊を抱くフィジアン・ファミリー・・・。どの作品も平面的な構成で、やさしい色づかい。躍動感はないけど、あたたかい。きっとこれを描いた人は、ピュアでやさしい心の持ち主なのだろう。
作者の人柄が伝わってくるような絵だった。

当時スバに住んでいた妹によると、ワレシという名はフィジアンの女性につける名前だという。偶然知ったフィジーの女性アーチストが、何かとても気になった。
「何かとても気になる」と、そのあとの行動は早い。
数日後には、ワレシを訪ねていた。

ワレシはわたしの突然の電話にも気持ちよく応じてくれ、「仕事がひと息ついたところだから、いつでも好きなときにいらっしゃい」と言ってくれた。
その言葉に甘え、電話をした日の午後には、ちゃっかりワレシ宅でアフタヌーン・ティーをごちそうになっていた。

ところでワレシは、なんとニュージーランド人の男性だった!!
本名はギャリー・ウォーレス・ヒギンズ。ミドルネームのWallaceがフィジアンの名前Walesiに似ていることから、フィジアン風のアーチスト名にしたのだそう。
高校卒業後にボランティアとして1年間、美術教師をしていた27歳のときにも1年ほどフィジーに滞在して、すっかりフィジーが気に入り、38歳のときに永住を決意した。

「マシ」に絵を描くことをフィジーで最初に試みたアーチストは、見晴らしのいい高台に土地を買い、自分の家を建てて8年になる。
18世紀の酋長の家と同じスケールで造ったというリビングルームには、東南アジアや南米の民芸品、布、貝殻などがこまごまと飾られていた。旅行中に求めたというそれらの品々は、氏の人柄を表すかのように、どれも素朴なあたたかみにあふれている。そして、ひとりのアーチストの感性を通して選ばれたモノたちは、まるで彼の分身のごとく意気投合し、それぞれが配された場所にすんなりと馴染んでいた。
美しく統一された素敵なインテリアだった。そんな空間にワレシの笑顔が加わると、わたしたち(母と妹も一緒におじゃました)の緊張もいっぺんにほぐれ、ついつい長居してしまった。

ワレシは、故郷のニュージーランドより、ここの暮らしのほうが気に入っているという。
「フィジアンは急がないし、ものごとをあまり気にしない。ここはリラックスできるし、住みやすいよ」
これにはちょっと驚いた。だってニュージーランドだって、日本よりずいぶんのんびりしていると聞いていたし、フィジアンの「ものごとをあまり気にしない」性格に、わたしはほとほと参っていたから。
たとえばレストランで注文した料理がなかなか出てこないとき、スタッフに急ぐように促す。でも彼(彼女)は「ドント・ウォーリー」と言って行ったっきり。催促しても、けっして急がない。何かにつけて連発されるフィジアンの「ドント・ウォーリー」に、何度腹立たしい思いをしたことか。。。

でもワレシと話をして、南の島に旅行に来て、何をそんなに急ぐ必要があったのだろう・・・と思いなおす。自然に囲まれて、好きな絵を描きながら、リラックスして日々を過ごす。なんて贅沢なのだろう。
ワレシの暮らしを見ていると、人間が作った便利で効率的な機器に囲まれているのに、それでも時間に追い立てられる東京での生活が、何とも虚しくなってくる。

こんな経緯で求めたワレシの絵は、いまうちの狭い玄関を飾っている。
その絵を見ると、フィジーでのさまざまなシーンが南国の風とともにパラパラと脳裏を駆けめぐる。

matenga

【追記※ワレシは当時から一緒に活動していたマオリ族のマティンガと、今もスバで作品を制作している。彼らの30年間の仕事をまとめた本の出版も計画中。この絵は和室に飾っているmatengaの作品。
matenga & walesi art
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【2013/06/06 】 旅で得たもの | comments(2) | page top↑
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