受け継がれるおもちゃ
brickこの積み木は、20年前、長男が生まれたとき、大阪に住む友人が送ってくれた。彼女の息子たちが遊んだものだ。
職人の丁寧な仕事ぶりが伝わるしっかりしたつくりで、手ざわりもとてもよかったから、彼女の息子に子どもができたら、そのときはこの積み木を返そうと思っていた。


結婚してから大学に入ったTさんは、大学4年の春、ほとんど誰にも気づかれずに長男を出産した。私にとっては、身近な赤ちゃん第一号だった。

その赤ちゃんも父親になり、彼の息子ソウヤくん(=友人の初孫)が先日2歳の誕生日を迎えたと聞いて、今日、件の積み木をソウヤくん宛てに送った。
なくなった部品もあるし、手垢でやや薄汚れているけど、2家族の歴史が刻まれているのだ。ピカピカの新品にはない味わいがある(と、思う)。

20年間あたためてきた思いを実行できて私はスッキリしたけれど、自己満足の押しつけのような気もするし、若い夫婦はどう思うのかな?
ソウヤくんのあとも、ぐるぐる使い回して受け継がれるといいなぁ。
【2012/10/20 】 受け継ぐもの | comments(0) | page top↑
愛の欠如
the_truth『愛の宇宙方程式』という本を読んだ。
著者は岡山にあるノートルダム清心女子大学教授の物理学者。子どもの頃から還暦を過ぎた現在に至るまでに起きた不思議な体験(いくつもの偶然や奇跡・・・必然ともいえるめぐりあわせの数々)をとおして、「人間=ヒト+魂=凝り固まった愛+拡張と収縮を繰り返す愛」、「宇宙=愛」という方程式にたどり着く。

住所もはっきりわからないまま広島の山奥に住むスペイン人神父「隠遁者さま」を訪ねたときの神秘体験、大腸癌からの生還、キリストの活人術を取り入れた合気道「愛魂」の確立、「業捨」、丹波の白龍神社でのご託宣からUFOの操縦法を知ることになった不思議な縁・・・吸い込まれるように一気に読み終えた。

読後の余韻のなかで、あ、私には愛が欠けている、世の中にも愛が欠けている、と思った。
どんよりよどんだ社会、将来への不安は、愛の欠如によるものかもしれない。
時間を切り詰めたり、効率を優先しすぎると、愛が欠落するのかもしれない。
たとえばお礼の気持ちを伝えるとき。今はメールで瞬時に伝えることができるけれど、ふた昔前なら手紙を出していた。手紙を書くために便箋やペンを選んで文章をつづり、お礼のほかに近況報告なども添えたりして、ポストへ投函しに行く。この手間、相手のために時間を使うことが愛なのではないか、と思ったりした。

愛の宇宙方程式は、シンプルだけどむつかしい。
神意の一端を理解するには、まだまだ時間がかかりそう。
【2012/10/14 】 読んでみたもの | comments(0) | page top↑
笑い三年、泣き三月。
いまとても気になっている作家・木内昇の『笑い三年、泣き三月。』を読んだ。タイトルは、義太夫節の修業で使われる言葉で、人を泣かせる芸は3か月で完成するが、笑わせる芸は3年かかる、という意味だそう。

舞台は終戦直後の浅草。実演劇場「ミリオン座」で働く人たちの、ユーモラスでちょっとせつない物語。年齢も嗜好も境遇もまったく違う、個性的な登場人物のどたばた交流が可笑しい。クスッとしたり、ときにほろりとさせられたり。タイムスリップして「ミリオン座」でのできごとをのぞき込んでいるような気にもなり、木内氏が描く人情物語にぐいぐい引き込まれた。

なかでも印象的なシーンは、東京で一旗揚げようと一座を離れた万歳芸人・善造が、苦労して手に入れた白米でごはんを炊き、「ミリオン座」の仲間たちと卵かけご飯を食べるときの、みなの興奮。卵ご飯がこれほどのご馳走だった時代があったのだ。
もうひとつは、フィルムのないカメラで撮影の疑似体験をしていた戦争孤児の武雄が、フィルムを入れてもらい初めて隅田川の写真を撮るときの、高揚と緊張。写真を撮るという些細な行為が、物資のない時代には大きな感動を伴っていたのだということに想いをめぐらし、胸がきゅんとした。

便利なものに囲まれ、生活の質は向上したけど、感動はどんどん薄れている。経済成長というをレールを突っ走って、大事なものを振り落としてきたような気がする。
「生き抜く」という人間の根源的な使命もつきつけられ、どんな環境にあってもぶれずにたくましく生きる登場人物に勇気づけられた。
【2012/10/08 】 読んでみたもの | comments(0) | page top↑
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