今年最後の日。
soraいろいろあった2011年。
大地震と原発事故が起き、長男が大学生になって家を出て、母が亡くなり、義父も亡くなり、夫が週3日実家へ通う生活が始まり、、、。

でも、うちだけじゃない。世の中を見渡しても、来年がいまより良くなるのか悪くなるのか、原発事故や放射能汚染はどうなるのか、不安材料は多く、どんより不透明な先行きを思うと、どんどん気持ちが暗くなる。。。
ケ・セラ・セラ(なるようになる…)の境地。

大晦日の今日は8時半に起きて、黒豆を煮て、掃除を始めたのはお昼ごろから。いつもより少しだけ丁寧に掃除機をかけて、このところまったく手入れしていない庭の草木をすっきり刈り込み、息子に窓拭きを頼んで近所の園芸店に行き、ミニスイセンとガーデンシクラメンとハナカンザシなどを買って庭や鉢に植え込んだら、ちょっと気分がよくなったので、そのあとやはり少しだけ丁寧に床拭きをして、「生きるということはホコリとゴミを生産することだ」と悟り、結局キッチンや机まわりの掃除と整理は手つかずのまま、3人(わたしと息子2人)でソバを食べて、息子2は友だちのうちに出かけたので、このあと息子1と映画でも見ながら年越しをしようかと思っているところ。

忘れることのできない激震の年がもうすぐ終わる。

Guten Rutsch !!
♪素晴らしき日常 recommended by jo
【2011/12/31 】 生活するもの | comments(0) | page top↑
京都たび 04 【80年前の実験住宅】
今回の京都たびでは、大山崎へも足を伸ばした。
大山崎山荘美術館と、聴竹居(ちょうちくきょ)を見学するために。

聴竹居山腹に建つ聴竹居は、自らが住むことで住まいの研究・検証を試みた建築家・藤井厚二による5回目の実験住宅だ。
1928(昭和3)年の竣工で、建築家は49歳で亡くなるまでの10年間を家族とこの家で過ごしている。

聴竹居の居間に上がったとき、コルビュジエが両親のために建てた「小さな家」を想い出した。居間に続くサンルーム(図面では縁側)の窓のせいだ。
庭に面した三方(総延長10メートル)を美しいプロポーションの透明ガラス窓が囲み、コーナーも透明の嵌め殺し窓で角に柱がないため、戸外の木々が住まいと一体化しているような眺め。木枠を効果的に用いた磨りガラスといい、窓の存在感が際立っていた。

コルビュジエの「小さな家」では、長さ16メートルの建物の壁面11メートルを占める窓が、「この家を構成する基本要素」になっている。連続する窓枠が、眼前に広がるレマン湖の額縁のような役目を果たして、印象的だった。

この2つの家は、「快適に過ごすための実験的住宅」という点でも共通する(コルビュジエにかんしては、床面積60平方メートルの「小さな家」で最大限の実用性と快適性を追求し、30年後に究極の狭小住宅「カップマルタンの休暇小屋」を造った)。建築家自身が家具もデザインしているところや、窓の外に見える大木がモミジとキリで似たような枝ぶり(完全なこじつけ!)というのも、何だか似ている。

気になってちょっと調べてみたら、2人の建築家は1年違いで日本とスイスに生まれ、同時期に活動していた。でも、藤井厚二が欧米の建築を学ぶために渡欧したのは1919年(約9カ月)で、コルビュジエの「小さな家」が完成したのは1924年だから、藤井がスイスで「小さな家」を見ていたわけではない。
これらはわたしの勝手な思い込みで、京都から戻り設計士の夫に聴竹居の写真を見せたら「両者はぜんぜん違う」と言われた。

そもそも聴竹居の見どころは縁側の窓ではない。夏を快適に過ごすための通気設備、動線と視線を考慮した間取り、建築家自身による造りつけ家具や天井灯などの意匠、自然素材の利用、オール電化システムなどの先駆的な試みが、この実験住宅の素晴らしさである。
聴竹居を見学していると、住まいに対する建築家の思いがひしひしと伝わり、こんな家で暮らせたら…とあれこれ妄想がわき出てくるのだった。

※聴竹居の室内見学は事前予約が必要。維持管理・保存にあたっているボランティアスタップの方が、丁寧に説明をしてくださる。
【2011/12/23 】 旅で得たもの | comments(0) | page top↑
有識者って??
朝日新聞の朝刊に「年間の放射線量20ミリシーベルトという避難指示基準に、野田政権の有識者会議がお墨付きを与えた」と、書かれていた。先月初めに有識者会議が発足し、計8回の会議でこの結論に至ったようだ。
こんなに安易に、「警戒区域」を「解除準備区域」に変更する政府のやり方、見せかけの原発事故収束プロセスがコワイ。

そもそもこの決定に関与した「有識者」って、どんな人たちなのだろう?
誰がどんな基準で、選出したのだろう?
新聞からわかったことは、有識者会議の2トップは名誉教授の肩書きを持つおじいさんで、メンバーは学者や専門家14人。20ミリシーベルトに批判的な「有識者」もいたが、彼らの意見は採用されなかった、ということ。

『大辞林』によると、「有識者=学問・識見が広く高い人」とある。が、こと原発問題にかんしては、「政府にとって都合のいい」という括弧付きで選ばれた人たち、という気がしてならない。

前例がないのに、「年間20ミリシーベルトを被曝した場合の健康リスクが、他の発ガン要因と比べても低い」ということがなぜいえるのだろう?
「喫煙は年間1,000~2,000ミリシーベルト、肥満は200~500ミリシーベルト、野菜不足は100~200ミリシーベルトのリスクと同様」という根拠は何なのだろう?
ここまで言及するのなら、どんなリサーチをしてどんなエビデンスのもとに「年間20ミリシーベルト未満なら住んでも大丈夫」と言い切れるのか、きちんと説明してほしい。

大人と子どもで基準が同じというのもおかしいし、「大人」と「子ども」の2分類というのも釈然としない。
内閣府や文科省や経産省などを年間20ミリシーベルト地域に移転させ、関係者の家族全員がそこで暮らすというのなら、多少説得力もあるけれど。

あ~~~、いつから日本は弱いものを切り捨てる国になっちゃったのだろう。
事実をねじまげ、国民をだますような国になっちゃったのだろう。

(P.S. 京都たびmemo、まだ続きます・・・)
【2011/12/16 】 ※ゲンパツもの | comments(0) | page top↑
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