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「したいと思う」お詫びについて
はるか30年ちかく前のこと。ミュンヘンのビアホールで相席になった大学の先生(日本人)と話していたとき、「したい」というのは「思い」なのだから、「したい」のあとに「思う」は不要、と指摘された。「最近(30年前)の若い人はよくこういう言い方をするけれど」と、前置きして。

スイトピー
「スイスでアートを学びたい」…と、
「スイスでアートを学びたい思う」…では、
スイスでアートを学びたい気持ちの度合いが
ビミョーに違う。

「したい」気持ちはあるけれど、
実現性がやや乏しかったり、自信がなかったり、「思い」がちょっと弱い場合は
「したいと思う」という表現になってしまう。


そしていつも違和感を感じるのは、
就任9日目に辞任した松本前復興大臣や、やらせメールが発覚してしどろもどろの真部九電社長など、政界・業界のトップにいる人たちの謝罪会見。

どうして、「お詫びしたいと思う」という言い方をするのだろう。
どうして、ストレートに「お詫びします」とか「申し訳ありませんでした」と、言わないのだろう。

「お詫びをしたいと思う」という言い回しの裏には、自分だけが悪いわけじゃないけどここで謝らなきゃ収拾がつかないから、というような気持ちがあるんじゃないのかな。

謝罪の「思い」は弱く、責任逃れと自己擁護が見え隠れする。
うわべだけのお詫びの言葉は、誰にも届かないよ。
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【2011/07/08 】 もの申すもの | comments(0) | page top↑
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