できることは祈ること
inori02福島第一原発の電源復旧作業が始まりました。
世界中の人たちが、事態の収束を祈りながら作業の行方を見守っています。予断を許さない状況のなか、さまざまな情報が不安をかき立てます。
いまできることは祈ること。使用済み核燃料プールへの注水が功を奏し、電源も回復して計器類や冷却システムが正常稼働しますように。命がけで働いている方々の無事を祈っています。

友人が教えてくれた「祈り」のメッセージです。

祈りのパワーは一点に集中すればするほど強力に働きます。
さまざまな、思いや心配もあるでしょうが、
とりあえず今現在の、最優先事項は、
福島第一原発の炉心溶融を早急に停めることです。
いま阻止しないと、今後数十年間以上、後世に影響が残ります。

テレビで流れる津波の映像を見るのは、しばらく止めて、
ほんの5分間だけ、イメージに集中して下さい。
みなさんの意識を一点に集めましょう。

ポイントを絞ったイメージパワーを集約させて下さい。
まずは、炉心の温度が下がり、
炉心の溶融が止まるイメージをしましょう。

方法は考える必要はありません。
望む結果だけをありありとイメージするのです。

溶融を阻止するイメージができたら、
次には拡散された放射能の除去無効化です。
周囲にまき散らされた放射能物質が、
跡形もなく消滅・変容し無くなっていくのをイメージして下さい。

最後に皆が、ホッとしてる状態をイメージして下さい。
【2011/03/19 】 ※ゲンパツもの | comments(0) | page top↑
自然の脅威、放射能の恐怖にさらされて
sora3いつもの見慣れた青空が、いまは恐怖のヴェールに包まれている。テレビを見てはため息をつき、暗澹として途方に暮れるばかり。未曾有の大震災で、科学技術の進歩もデジタル社会も自然の脅威には太刀打ちできず、本当にもろいものだと思い知らされた。

高い放射線量が検出されても、報道では「ただちに健康に影響を与えるレベルではない」と繰り返される。「胃のレントゲン」や「CTスキャン」を例に挙げたり、日常的に微量の放射線を浴びていることにふれたりして、計測された放射線量の「安全」を強調している。でも、放射性物質の継続的な飛散による被曝(→内部被曝)と、瞬間的な胃のレントゲン(→外部被曝)を単純に比べることはできないのでは?(だから「ただちに~ない」となる)
ひとつわかったのは、被曝の危険度が高い胃のレントゲンやCTスキャンは受けない方がいいということ。

今日から、福島第一原発への放水が始まった。なぜここまで深刻になる前に注水や電源確保に着手しなかったのだろう? そもそも地震大国の日本で、大地震→大津波による原子炉トラブルの対処法が想定されていなかったのだろうか? 放射能汚染に対する政府の認識は甘すぎるのではないか? 
不安はつのる一方だけど、被曝を覚悟で作業にあたっている方々には、感謝、感謝、感謝で頭が下がります。何もできない私のような人は、ネガティブな思考を追いやり、危機を回避できることを祈りましょう。

今回の大震災で、私たちの暮らしがいかに原子力に依存しているかを恐怖とともに学ばされました。快適さばかりを追求しないで、普段からもっと節電を心がけるべきでした。お金を出せば何でも買える時代ですが、労力を惜しまず「手をかける」暮らしに切りかえる必要があると教えられました。

震災に遭われて苦難の日々を強いられている方々には、心よりお見舞い申し上げます。一刻も早く物資が届き、心穏やかに暮らせる日が来ますように。
【2011/03/17 】 ※ゲンパツもの | comments(0) | page top↑
2年遅れで母の喜寿を祝う
お祝いの 母の79回目の誕生日を祝った。母の兄と姪と娘3人で。2年遅れの喜寿の祝いという名目だったけど、もうひとつ特別なお祝いの意味があった。

去年の秋、母の胆管に腫瘍が見つかった。上京して国立がんセンターで再検査を受けたら、すい臓がんとわかり、抗がん剤をすすめられた。悩んだ末、母は「抗がん剤はやめようと思う」と言った。
その後、食欲がまったくなくなり、体力も落ちて、救急車で搬送されたこともある。数日先のことすら予測できず、私たち家族も不安に押しつぶされそうになったり、一縷の希望にすがったりと揺れ動く日々が続いた。けれど、12月半ばすぎから母は徐々に気力を取り戻してきた。

気功の先生から、がん細胞に語りかけなさいといわれた。「あなたは不老不死かもしれないけれど、私が死んだらあなたも死ぬ。だから私と一緒にせめて平均寿命の84歳まで生きましょう」と。

玄米を食べ、免疫力を高めるサプリメントを飲み、気功と散歩を欠かさず、がんさんと共存しながら穏やかに暮らしている。いま、椅子に座っておいしそうに食べる母の姿を見られることが幸せだ。

昨日の誕生会で、一言あいさつをと振ったら「あと5年、84歳まで頑張ります」と、母が照れ笑いしながら言ったのがうれしかった。直前に息子1の朗報も舞い込み、喜びの二重奏。レストランの庭木を見れば、父と祖母があの世から祝福にかけつけた?とおぼしきヒヨドリとメジロが止まっていた。

Tanti Auguri a Tomie  喜びをありがとう!!!
【2011/03/07 】 呼吸するもの | comments(0) | page top↑
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