手考足思 → 手考足迷
初ブログは、二人の大作家に敬意を表し、タイトルに込めた思いから。
「手考足思」。私がこの言葉に出会ったのは、この春訪れた「河井寛次郎記念館」で。彼の創作の源を垣間見たような気がして、どきりとした。
河井寛次郎は「近代陶芸の巨匠」とも称されるが、陶芸にとどまらない幅広い創作活動を眺めると「表現者」という言葉の方がぴったりくる。

「表現者・河井寛次郎」という展覧会タイトルに惹かれて、初めて彼の作品を見たのは5、6年前のこと。何より驚いたのは、60歳を過ぎて取り組んだ陶芸や木彫などの作品が、のびのびとして力強さを放っていたことだ。晩年になるにつれて、より自由奔放な「ものつくり」に挑む「表現者」にすっかり魅了されてしまった。

「手考足思」、いい言葉だな~と思っていたら、同郷(山口県出身)の作家・宇野千代も「頭で考えるだけのことは、何にもしないのと同じことである。私たちは頭で考えるのではなく、手で考えるのである。手を動かすことによって、考えるのである」と書いていて、またどきりとした。
私などお二人の足もとにも及ばないけれど、「手で考える」ことを肝に銘じ、そしていつもフラフラ迷ってばかりのわが身を振り返り、「手考足迷」をブログのタイトルに。

ちなみに河井寛次郎には「手読足解」や「手驚足喜」という作品もある。頭脳明晰で、文章家としての顔ももつ寛次郎。記念館では、「すべてのものは自分の表現」「物買って来る 自分買って来る」「楽在其中」といった言葉も印象に残った。
【2010/08/27 】 受け継ぐもの | comments(0) | page top↑
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