new place, new feeling
秋祭
怒濤の引越から早3週間。
ようやく固定電話もネットも開通、未開封の段ボールも残り僅かとなり、引越先の周辺を「徘徊」できるくらいの余裕ができた。
といっても、「生活の家」はひと駅移動しただけだから未知の場所ではないのだけど、住感覚はちょっと違う。

以前住んでいたところは35年くらいまえに山林を切り拓いて建てられた比較的新しいエリアで、高台の閑静な住宅地だった。それに対して現エリアは川沿いに拓けた平地で、50年以上前から住宅地だったようだ。じっさい私たちが引っ越した家は築52年だし。近くに江戸期に創建された神社仏閣が点在しているので、その当時から「村」的な集落があったのかもしれない。

18年前、丘の上の集合住宅に引っ越したとき、坂の多さに「サンフランシスコみたい」と思ったものだ。
それに対して今の場所は、何かアジア的な匂いがする。くねくねした通りとごちゃごちゃした家並み、通りの騒音、子どもの声・・・それに15分も歩けば、人混みとビルと車がひしめく繁華街に出る。何だか「台湾」ぽい空気を感じられて、ここはここで気に入っている。

ひと駅とはいえ、生活圏が変わり、家の間取りも変わったので、気分も一新。18年も暮らした住まいからの引越は、それはそれは大変だったけど、いつの間にか積もり積もったホコリやヨゴレを取り去り、本もモノも思い出の品も思い切って処分して、こころも足取りも軽くなったような。人生の「大掃除」を終えた気分。


Three weeks has passed when we moved to the new but old house.
Though our new life has started, the rooms aren’t put in order yet. The plan for the living space is totally different, so I haven’t decided on a suitable layout yet. But we can cook and eat, take a bath and sleep.There are no problems with everyday living anyway.

Day by day I come to like this area where we have moved.
It reminds me of Taipei.
Standing densely packed houses, winding streets and various noises of cars and bikes, construction, children etc.
Walking for 15 minutes,the shopping district appears, which is full of colors and noises and people. Of course there is a variety of restaurants and shops.

The apartment we lived in before was located at the top of a hill in a quiet area. I remembered that when I moved there 18 years ago, it reminded me of San Francisco.
At that time I didn’t want to move, but we had to move to reduce the living costs. But day by bay I grew to like that area like San Francisco.

This time is the same situation, but I can live happily.
Once I live in a place, it grows on me.
To every bird, his own nest is best.
【2017/10/09 】 生活するもの | comments(0) | page top↑
It's time to downsize
引越まで1週間。毎日少しずつ箱詰めをして、ゴミをまとめている。
押入からは、すっかり忘れていたものや、使っていないものがぞろぞろ出てくる。引越は、持ちものを確認して減量する格好の機会だ。

片づけをしながら、前回の引越(18年前)に較べて、ものに対する執着が弱くなっていることに気づいた。それは年齢に因るところが大きい。歳とともに生活を大きくしたいという思いは減少。今後は縮小、退化に向かう人生を受け入れて謳歌しよう、という気分になっている。

段ボールto


今まで所有していたものを残すか、ゴミ袋行きかを迷ったときは、この先5年間に使うか使わないかで判断する。「とりあえず取っておく」ことを極力しないようにした。

とはいえ思い出があるものを処分するのは難しい。たとえば20代から一緒に海外を旅したスーツケース。でも5年前に機内持ち込みサイズ、3年前にやや大きめのスーツケースを買って以来、出番がなくなってしまった。忍びないけれど、「ありがとう」と言って写真に収め、ゴミ袋へ。



「手放そう」と思えたものを処分すると、不思議とこころが軽くなる。ものを所有することが、人生の重荷を増やしているのかもしれない。何だか家の風の通りもよくなったような気も。

心地よいものとやりたい仕事と好きな人とだけかかわって、小さく深く静かに生きられたらいいなあ。
引越を目前に控え、こんな心持ちになっております。


庭もすっかり片づきました!
【2017/09/10 】 生活するもの | comments(0) | page top↑
2017年、夏の記録 Ⅱ
わたしたちは常に何かを選択をしながら生きている。
今朝はコーヒーにしようか、紅茶にしようか、とか。
出かけるときにどの服を着ようか、とか。
ランチに誘われたけど、行こうか断ろうか、とか。
この商品を今買うべきか、次回にすべきか、とか。
まあ、普段の生活においては些末な選択の連続で、どちらを選択してもたいして支障がないようなことばかり。
でも、ときに大きな決断を迫られることがある。

数日前、人生最大ともいえる決断をした(のんきに梅干しのことなどブログにアップしている場合じゃなかったのだ)。
それは、行き止まりかもしれないけど、別の道を行ってみようという、ある意味賭けのような決断だった。
そんなに大げさにいうようなことではないのかもしれない。現在の住まいから引っ越して、2つの家を行き来しながら暮らす、というだけの話。でも私たちにとっては、今後の人生を左右する大きな選択だった。

お金にゆとりがある人ならここまで悩むことはないと思う。若くもなく、経済的に余裕がないなかでの2拠点居住決行は、かなりの覚悟を要した。
自分一人のことなら、「当たって砕けろ」でとりあえず行動に移してみるのだけど、家族も巻き込み、お金もかかるとなるとこころは揺れる。現状維持か現状打破か、将来、後悔するのはどちらを選択した場合か、、、このあたりが決断の鍵になった。



賽は投げられた。。。
昨日は引越先の住居に持って行くものと、2拠点目となる制作の家に運ぶ家具類のサイズを測ってリストを作成、今日は庭の植物の片づけ。地植えの植物を掘り起こし、一部を鉢に移植した。生活拠点は2か所になるけど、暮らしのダウンサイジングも目的だから、この機会に持ちものの少量化を図りたいと思っている。

ベイリーフ18年前ここに引っ越したとき、鉢植えの小さな月桂樹を庭の片隅に植えた(賃貸物件の庭なので、鳥がタネを運んで勝手に生えたことになっているのだけど…)。
7メートルほどになった月桂樹の大木を見上げると、18年という月日の重みを感じる。当時小学1年生だった息子1は、先日25歳になった。私たち夫婦はそろそろ還暦の仲間入り。人生をリスタートするには、いいタイミングなんじゃないかなとも思う。

行き止まりにならないように、自ら道をつくらなくっちゃ。
【2017/08/23 】 生活するもの | comments(0) | page top↑
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