母親というものは・・・
「あー 母親失格・・・」と、溜息をついてしまった。

もしかしたら、母もわたしを見ながら溜息をついていたかもしれない。
わたしが都会の大学へ行ったとき。大学卒業後も故郷に戻らず、勝手に小さな出版社に就職したとき。2人とも仕事がないのに結婚を決めたとき・・・どうしてこんな娘に育ったのかと、母は自分を責めていたかもしれない。

b_クリスマスローズ父には「お前の育て方が悪かったから」と言われていたようだけど、母がわたしを責めることはなかった。
一度だけ、わたしが弱音を吐いたとき、
田舎に帰ってもアンタがやりたい仕事はないから頑張りなさい、と背中を押してくれた。

母がどんな思いや意志をもって3人の娘を育てていたのか、いまはもう聞くことができないけれど、わたしが子どもたちに感じるはがゆさや希望や期待や自責の念などを、母も経験していたんじゃないかと思う。

雨のために予定が延期になってぽっかり空いた時間に、自分が進む道を模索している息子たちの将来を案じていたら、ふとこんな思いが頭を過ぎった。

【2014/04/30 】 天界に住むもの | comments(0) | page top↑
梅雨の思い出
梅雨が明けて急に猛暑になり、少々へたばっていたから、今日の雨はありがたい。涼しくて気持ちがゆるみ、うとうと昼寝をしてしまった。

出版社で働いていたころ、当時一橋大の社会学部教授だった阿部謹也先生のご自宅に、原稿を受け取りに行ったことがある。学究肌の先生は一見むつかしそうに見えたけど、山が好きで、人情味のある方だった。

先生の書斎におじゃましたとき、どういう経緯だったか、ドイツで求めたというドイツ語のレコードを聴かせてもらった。北海沿岸のフリースラント地方の方言で歌われた曲で、わたしが知っているドイツ語とはまるで違う言語だった。若かったわたしは、いつか行ってみたいな〜と思ったものだ。

先生の手書き原稿は判読が難解で、そのままでは印刷所に回せなかったので、ときどき奥様が清書されたり、わたしが書き写したりしていた。

あるとき帰り際に雨が降り出し、傘を持っていなかったわたしに先生がピシャリとおっしゃった。
「梅雨どきは、雨が降っていなくても傘を持って出かけるものです」
そのころの梅雨は、1日中雨がしとしと降ったり止んだりで、天気予報も当てにならなかった。梅雨どきに傘は欠かせなかったのだ。

greysea日本の梅雨も様変わりし、しとしと雨からゲリラ豪雨に。何だか風情がなくなったな〜と思う。
ふた昔前の梅雨の思い出。
阿部謹也先生は、6年前に鬼籍に入られた。
【2012/07/20 】 天界に住むもの | comments(0) | page top↑
meiniti.06.12
rose02







one year has passed after my mother's death.

♪la vie en rose







【2012/06/14 】 天界に住むもの | comments(0) | page top↑
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