深刻になるひと。真剣になるひと。
b合格蘭01
「深刻に考える人はまともな人間として扱われない」「なぜなら深刻になるというのは、自分のことしか見ていないから」「本来は真剣に考えるべきである」
という文章を読んで、「深刻に考える人」である息子1は、なるべく職場では深刻にならないようにしているという。そしてその反動で、私生活は深刻になってしまうのだそうだ。

たしかに、両者は見ている世界が違う。
深刻になるタイプは、ネガティブなことに敏感で、傍目には悩む必要のないと思えることをあれこれ考える。自分の世界を守ろうとする。
真剣になるタイプは、エネルギッシュで前向き思考、他人にも社会にも積極的にかかわろうとする。叩かれても自分を鼓舞して起き上がろうとする。
でも、深刻になるのも真剣になるのも、ある意味、若いってことだと思う。どちらのタイプも一生懸命生きようとしていることにかわりない。両者の違いは、物事の受け止め方や思考のクセにあるんじゃないかな。

現象は、いま起こっている事象をどういう視点で捉えるかによって、変わる。
楽しいことも辛いことも、嬉しいことも悲しいことも、言ってしまえば表裏一体。深刻でも真剣でも、目の前にある世界は同じ。
ものごとの見方や意識を変えることで、現実も、未来も過去も変容する。

わたしはといえば、あまり深く考えずにまずやってみるタイプ。問題が発生して初めて深刻に考える。そして迷走しながら、もがき、舵を切り直したり、妥協したりしながら、なんとか乗り越えるタイプ。年齢とともに、割りきったり、適当に流したりができるようになったのは、年増力のおかげだ。

50代半ばのオバサンは、深刻でも真剣でもなく、丁寧に小さく暮らしたいと思っている。

b合格蘭03

話変わって、毎年咲いている「合格ラン」が次々に咲き始めた。
受験とは無縁のわが家だけど、今年はV字に広がり、過去最高13個が開花!
いいことありますように♡
【2017/02/23 】 呼吸するもの | comments(0) | page top↑
悦子さんのこと
「ママ友」の悦子さんは、ホメオパスだった。まだ日本でホメオパシーがあまり知られていない頃に、勉強して資格を取った。娘のアトピーや中耳炎が、ホメオパシーを始めたきっかけだった。
彼女は乳がんになっても、病院に行って治療を受けることはしなかった。
ホメオパシーのレメディーを摂ったり、食べるものや生活や思考のしかたに注意して、自身のがんと向き合っていた。



そのうち、がんは皮膚を破って汁が出始めた。彼女は患部の写真を毎日撮り、「おしめ(さらしの布)」を胸に当てて出続ける汁に対処していた。洗濯がタイヘンと言っていたけど、症状に対して動じる様子は見られなかった。
会ってお茶しているときは、いつも笑顔で、元気そうだった。
趣味のカメラの他に、古いミシンを出して洋服を作ったり、古着をリメイクしたり、保存食をつくったりして、翻訳の仕事より生活を楽しむことに時間を費やすようになった。

2年前、長野県の美麻に中古の家を買った。
悦子さんは年に数回行って、その古い家を手入れしていた。
この夏、1か月ほど美麻の家でのんびりして「弾むゴムまりのようになって帰ってくる」と出かけていった。けれど、家の修復やら整理やらで、そんなにのんびりはしていなかったよう。
7月末に東京に戻ってきた悦子さんは、とても痩せていた。おまけに歩くのがつらそうだった。美麻でバスを待っているとき側溝に落ちて腰を痛めた、と言った。



けれど腰痛はちっともよくならなかった。
9月に入ると介護申請をして、介護ベッドを入れ、ほとんどをベットで過ごすようになった。
わたしが彼女のアパートを訪ねたとき、訪問医の先生に「余命1か月と言われた」と、ベッドの上でさらりと言った。食べたいものがいろいろあった。
10月半ば、緩和ケア病棟に入院した。

10月末、お見舞いに行ったとき、悦子さんは「早く死にたいからハンストしてるの」と言った。またひと回り小さくなっていた。そのことを伝えると「いい兆候」と笑った。「せいこさんと話せるのは今日が最後かも」と言われ、わたしもそんな気がした。



3日間食べてないから声に力はなかったけど、悦子さんはよくしゃべった。
すっかり細くなったその手で、わたしの足裏をマッサージしてくれた。
帰り際、病室のトイレを借りて、手を洗っていたら、「トイレの水を流す音や手を洗う水の音を聞くと、いつも羨ましいと思うんだ」と言った。

病室を出るとき「忙しいのにありがとね〜」と言われ、「忙しそうに見える?」って聞き返したかったけど、やめた。
悦子さんがわたしにかけた最後のことば。

悦子さんは翌日ハンストを止めたようだ。
そしてその日の深夜、ひっそりと旅立った。今世を卒業。
聡明なひとだったけれど、飛び級もはなはだしい。



最晩年の悦子さんは、とてもわがままだったそうだ。愚痴もこぼしていたという。それはそれまでの彼女にはないことだった。ずっと我慢してきた自分を一気に解放したのかもしれない。そして、猛スピードで自分の生を全うした。
そういえば最後に会ったとき、ガマンも期待も支えすぎもよくないね、と言っていた。
彼女の生きかたと死にざまから多くのことを学び、課題を与えられた気がする。

*悦子さんが娘に口述筆記をしてもらった最後ブログ→ pinboke6
彼女のブログには、生きる指針となることばがいっぱい詰まっている。
【2016/11/12 】 呼吸するもの | comments(0) | page top↑
from Hong Kong
友人にハガキを書いた。結局1枚だけ。それも帰国日の朝にようやく。

帰国した翌日に、彼女のお見舞いに行った。ハガキに書いたことはそのとき全部しゃべった。
彼女はもう自力では起き上がることができなくなっていた。色白になって美人になった。すっきりして、穏やかな表情をしていた。こころが澄んでいくと、こういう表情になるのかな、と思った。

彼女とは息子2の保育園で知り合った。いわゆる「ママ友」。わたしが郊外に引越し、子どもたちは成人になったけれど、ずっとゆるやかにつき合っている。
6つ年上の彼女は、いつも真正面からわたしの悩みやグチを聞いてくれた。ときどき、口を大きく開けて「ハハハ」と笑うこともあった。彼女とおしゃべりしたあとは、いつもこころが軽くなった。


「胸にシコリがあるから、がんだと思う」と聞かされたのは3年前。
6月に会った時は元気だったのに、夏の終わり頃から急に筋力が衰え、9月に入ると動くことが困難になった。
大阪から友人が来て、彼女の介護に当たっていた。
わたしに何ができるかと考えたとき、思いついたのが「ハガキを出すこと」、だった。


「ハガキが届くのを楽しみにしている」と言ってくれた。
「いいねえ、絵が描けて」とも言われた。

【2016/11/10 】 呼吸するもの | comments(0) | page top↑
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